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 投稿者:かぐやまの花こ  投稿日:2017年11月30日(木)01時51分5秒
返信・引用 編集済
  >・・從此以南,藝都里.古,有國栖,名曰-寸津毘古・寸津毘賣二人.其寸津毘古,當天皇之幸,此為日本武尊.違命背化,甚無肅敬.爰抽御劍,登時斬滅.於是,寸津毘賣,懼悚心愁,表舉白幡,迎道奉拜.天皇,矜降恩旨,放免其房.更迴乘輿,幸小拔野之頓宮,寸津毘賣,引率姊妹,信竭心力,不避風雨,朝夕供奉.天皇,歎其慇懃惠慈.所以,此野謂-宇流波斯之小野

寸津毘古・寸津毘賣 きつひこ・きつひめ →橘彦・橘媛

日本武尊は、常陸行方郷では天皇となった?

橘の系譜は物部の系といいたいのではないか?


・・win10アップデートの更新ファイル日毎に来ませんか?今だに検証が終わらずここを立てればあちらが立たずの連続。セキュリティdefenderfilesは一本独裁にむけたvirusfileが日毎開発されているからイタチゴッコですね。更新はMソフトの言いなりでしょう。古い機種は更新の名のもとにアップデート不能にできる。更新ファイルがvirusfileに変貌するわけです。

・・絶えず更新する機能がおおかたのパソコンはついていけなくなって、みなオシャカでしょうね。ワクチン摂取を続けなければ美顔が崩れるという、多くは奇形、本当に進化できるのはただ一つになる。一応夢ですが。

・・どなたかLinux使ってる人いませんか?

・・

・・「アナタノ国ハ地獄ダ」

たしかにそうだが地獄が地獄のまま終息するとは思えない。

・・

 
 

Re: カシェル・・・ 歌仙・・・選ぶ?

 投稿者:Kino  投稿日:2017年11月29日(水)02時12分6秒
返信・引用
  > No.3657[元記事へ]

憂いさんへのお返事です。
土蜘蛛は天孫族に国をのっとられた出雲族ではないでしょうか。
神武から数代に渡って朝廷に従わなかったとありますね。
くず(国主)は大国主=大キュロス(古ペルシャ語でクルス)?
バビロン捕囚のユダヤ人を解放したメサイアです。
 

カシェル・・・ 歌仙・・・選ぶ?

 投稿者:憂い  投稿日:2017年11月28日(火)22時50分48秒
返信・引用
  カシェルということばは,ひろくとれば,ユダ. ヤ教徒にとって, Iそれが宗教的に ふさわしいものである」 ということを意味していると考え. てよい。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/148034/1/100_33.pdf#search=%27%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%B0%E3%81%AF%EF%BC%8C%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%81%A8%E3%82%8C%E3%81%B0%EF%BC%8C%E3%83%A6%E3%83%80.+%E3%83%A4%E6%95%99%E5%BE%92%E3%81%AB%E3%81%A8%E3%81%A3%E3%81%A6%EF%BC%8C+I%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%8C%E5%AE%97%E6%95%99%E7%9A%84%E3%81%AB%E3%81%B5%E3%81%95%E3%82%8F%E3%81%97%E3%81%84%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%8D+%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%A8%E8%80%83%E3%81%88.+%E3%81%A6%E3%82%88%E3%81%84%E3%80%82%27

鮎汲や
稚アユが堰堤を通過できずに集団 をつくっているところをすくいとること
集団・・・ 山盛り

平安時代、身分の高低に関係なく広く愛用された故をもって「貴賎笠(きせんぼ)」と称されていたが、いつからか産地の名をとってまたの名を「皆地笠(みなちがさ)」ともいわれるようになった。http://www2.w-shokokai.or.jp/hongu/siba-jinnbutu%20right.html

喜撰・・・貴賤・・・  身分の高低に関係なく
喜撰嶽の用語解説 - 京都府宇治市東部にある山。喜撰の詠に ある宇治山のこと。海抜416メートル。喜撰山。https://kotobank.jp/word/%E5%96%9C%E6%92%B0%E5%B2%B3%E3%83%BB%E5%96%9C%E6%92%B0%E5%B6%BD-241106
宇治山・・・ハエの幼虫である。一般には、腐肉や 汚物などに発生するものを指す。?
ベルゼブブ(糞山の神)http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%BC%E3%83%96%E3%83%96

糞・・・うん?雲・・・土蜘蛛?

嶽・・妻の父母・に
岳[嶽] ガク・たけ  山部
解字 「丘(おか)+山(やま)」 の会意。丘と山を合わせ、高い山を表わす。旧字の「嶽ガク」に当てた。旧字については、「獄ゴク」を参照。
意味 (1)高大な山。「山岳サンガク」「富岳フガク」(富士山のこと)(2)妻の父母の呼称。「岳父ガクフ」「岳母ガクボ」http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/e3082a83d561ecd66a786260230bbe63

雲かゝる
くも雲うん○?

蜘蛛丸
蜘蛛切
この刀はその後 次々と名を変えており、源頼光の代、源頼光が己を熱病に苦しめた山蜘蛛(土蜘蛛と 同一視される)を切り名を蜘蛛切と改めた。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%86%9D%E4%B8%B8

土蜘蛛、(つちぐも)は、上古の日本において朝廷・天皇に恭順しなかった土豪たちを示す名称である。各地に存在しており、単一の勢力の名ではない。土雲とも表記される。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E8%9C%98%E8%9B%9B
土蜘蛛を葛(かずら)をあんで作った網を使って討っており、そのことに因んで地名を葛城(かつらぎ)と改めた、と記している。
・・・かずら。「蔓草つるくさ」・・・鰻・・・曼(おおう)
小竹鹿奥(しのかおさ)・小竹鹿臣(しのかおみ
鹿・・・
しかぞ住む
「わが庵は都の 辰巳しかぞ住む世を宇治山と人はいふなり」

「世の中を(住み辛く思って逃れ住んでいる)宇治山などと人々は言っている そうだ」 https://oshiete.goo.ne.jp/qa/5646726.html

六歌仙に撰ばれている人々はいずれも藤原氏に恨みを持つものであるという説があります。
喜撰については、宇治山に住んでいた僧である という事以外は不明とされています。 ... 黒主は、「滋賀郡大領従八位上大友村主黒主」( 天台座主記・安慧和尚譜)という記録から、渡来人の子孫である大友村主氏の一族で あると ...http://www.gregorius.jp/presentation/page_22.html

蛆がたかったような状態
『大友黒主の正体は大伴家持だった?』http://kntryk.blog.fc2.com/blog-entry-336.html?sp
大伴家持は藤原種継暗殺事件に連座したとして、死後、墓から死体が掘り出されて子孫とともに流罪となっています。
大伴家持の死体は腐敗し、蛆がたかったような状態であったと推測されます。

、「松之山に住む男」は奈良時代の万葉歌 人・大伴家持で、蝦夷征伐に失敗した罪により越後に配流されて松之山中尾の鏡が池 の近くに住み着き、その名も篠原刑部左衛門と変えていたといいます。http://www.matsunoyama.com/%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%80%80%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E9%8F%A1

蜘蛛と雲の語呂合わせでもあるのだが
大伴氏と土蜘蛛 もっと言及すれば 、大伴氏と土蜘蛛の関係というものもある。大伴氏と親類関係にあった氏族に佐伯氏 というのがある。http://jyashin.net/evilshrine/gods/momiji_shrine/momiji_05.html
土蜘蛛の別称でもあるのだ(国巣、国栖、国主、国津、などいう字を当てる)。即ち日本において九頭竜を祀る場所というのは、「クズ」の活動拠点だったというのである。確かに、奈良盆地周辺では九頭竜を祀る神社も多く、中には「国津神社」というものまである。奈良盆地といえば神武東征以前は土蜘蛛の根拠地だった。その九頭竜を祀る神社や「クズ」の名を関する神社が全国にあって、それは土蜘蛛の根拠地を示すものだというのだが、戸隠もその痕跡を留めるものだというのだ。

大伴家持が吉田石麻呂に宛てた「喘咲痩人(やせびと あざけりてわらう)」 と題する 鰻の歌。http://www.unagi-oowada.com/unchiku/1/
鰻・・・ウナギの稚魚であるシラスウナギは、つるのように細い。

ナマズ(鯰・鮎、学名 Silurus asotus)は、ナマズ目ナマズ科に属する硬骨魚類の1種。 日本・中国・朝鮮半島・台湾など、東アジアの河川や湖沼に生息する ... 日本における ナマズは、古代から食用魚として漁獲されたほか、さまざまな文化に取り入れられた 歴史をもつ。
ウナギ味の養殖「ウナギ味のナマズ」とは、近畿大学がマナマズの養殖方法を工夫することによって、食味をウナギの味に近付けたナマズである。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%9E%E3%82%BA

『鯰』の漢字は日本で出来た漢字だなんて、初めて知りました。http://www.pictame.com/tag/%E7%93%A2%E9%AE%8E%E5%9B%B3

罒(横に描かれた目)https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&gdr=1&p=%E7%BD%92%EF%BC%88%E6%A8%AA%E3%81%AB%E6%8F%8F%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%9B%AE%EF%BC%89#mode%3Ddetail%26index%3D0%26st%3D0
おおう
蔓 マン・つる  艸部
解字 「艸(くさ)+曼(おおう)」の会意形声。おおいひろがってのびる草。つる草の意となる。
意味 (1)つる(蔓)。つる草。かずら。「蔓草つるくさ」 (2)のびる。はびこる(蔓延る)。「蔓延マンエン」「蔓生マンセイ」(つるが伸びて成長する)
鰻 マン・うなぎ  魚部
解字 「魚(さかな)+曼(=蔓。つる)」 の会意形声。つるのように細長い魚のウナギ。特にウナギの稚魚であるシラスウナギは、つるのように細い。
意味 うなぎ(鰻)。ウナギ科の細長い魚。「鰻登(うなぎのぼ)り」(見る見るうちにのぼること)「鰻の寝床」(間口が狭く奥行きの深い家)
「曼マン」 <帽子をかぶる>http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/aba5b82d35b00cf004c0ff3d3bd4c783
解字 篆文は、「冃ボウ(かぶりもの)+罒(横に描かれた目)+又(手)」の会意。ずきんを手でひいてかぶり、目(金文は目とマユを描く)だけ出している形。「かぶる(おおう)」が原義。現代字は、冃ボウ⇒日に変化した。字の構造は冒に又をつけた形である。
意味 本来の意味でなく、主に梵語の音訳語として使われる。「曼荼羅マンダラ」(多くの仏を模様のように描いた絵)「曼珠沙華マンジュシャゲ」(天上に咲くという花)
イメージ  「おおう」 (曼・蔓・鰻・幔・鏝・鬘・饅・漫)
       かぶりものをして目だけ出すことから 「まわりが見えない」 (慢)

 歌仙・・・カシェル・・・

「シ」と発音する。・・・シェル?
[仙]. 再生. シィェン. 「x」は、舌全体を持ち上げて、上あごに近づける。できた隙間から息 を摩擦させるように吐き、「シ」と発音する。口の形も息の出し方も日本語の「シ」と同じ 感じでいい。 「ian」は、「イェン」。http://zh.hatsuon.info/word/%E4%BB%99%E6%B8%B8

カシュルート(ヘブライ語: ???????????[1])とは、一般にユダヤ教の食物の清浄規定のことで、ヘブライ語で「カシェルな状態」を示す女性名詞。

鱗が目立たないウナギも食べられない
カシェルhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88
2.海や川・湖に住む生き物で、ヒレと鱗のあるものは食べてもよい。エビやカニなどの甲殻類・貝類・タコ・イカなどは食べられないことになる。また、鱗が目立たないウナギも食べられないとされている。
 

a tree in the midst of

 投稿者:かぐやまの花こ  投稿日:2017年11月26日(日)01時23分16秒
返信・引用
  丈高きをとこなりけん木枯に

・・

4:10 Thus were the visions of mine head in my bed; I saw, and behold a tree in the midst of the earth, and the height thereof was great.

<
4:11 The tree grew, and was strong, and the height thereof reached unto heaven, and the sight thereof to the end of all the earth:

4:12 The leaves thereof were fair, and the fruit thereof much, and in it was meat for all: the beasts of the field had shadow under it, and the fowls of the heaven dwelt in the boughs thereof, and all flesh was fed of it.

4:13 I saw in the visions of my head upon my bed, and, behold, a watcher and an holy one came down from heaven;

4:14 He cried aloud, and said thus, Hew down the tree, and cut off his branches, shake off his leaves, and scatter his fruit: let the beasts get away from under it, and the fowls from his branches:

4:15 Nevertheless leave the stump of his roots in the earth, even with a band of iron and brass, in the tender grass of the field; and let it be wet with the dew of heaven, and let his portion be with the beasts in the grass of the earth:

<
4:16 Let his heart be changed from man's, and let a beast's heart be given unto him; and let seven times pass over him.

・・

處處
 

此地(ここ) 比比 処処

 投稿者:荊の紀氏  投稿日:2017年11月24日(金)21時10分47秒
返信・引用
  虍  トーラー 律法 「主のおしえ」、定められた「処」
「処」+音符「虍」、「処」は「夂(あし)」+「几(床 几・こしかけ)」で、足を止め腰掛で落ち着くの意。 意義[編集]. 上声[編集]. おる。 おく。https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%95

虍の下部はもと丘の形。丘は古くは都が建設され た場所であったので、神聖な建物や墓地があった。都が荒れはて、建物の跡や墓地 だけがとり残されたものを故虚という。虚は墟のもとの字である。http://gaus.livedoor.biz/archives/9115702.html

「処ショ」 <腰をおちつける>http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/e6f93dd390b8064730a52c5e97f26e9d

ショ
「ショーフェート(士師)たち」と呼ばれています。http://www.nunochu.com/bible/07_judges/jdg01.html

・・・物事が続いて絶え ないさま。・・・つないだ形?

猩猩(しょう じょう)・・・星と星をつないだ形?
猩猩 猩々緋(色) 寿老人(七福神) 赤面 能 酒豪 ? 中国妖怪 妖怪 猿 クリーチャー https://dic.pixiv.net/a/%E7%8C%A9%E3%80%85
「鸚鵡は能く言して飛鳥を離れず。猩々は能く言して禽獣を離れず」

鸚鵡を英語で訳すと 【鳥】
、「タイラ」なんか、非常に面白く、タイラは、古代ヘブライ語では、「鳥」という意味をもち、トリは、どん兵衛取り違え、日清に聞くとトーラーが転じて「虎の巻」の語源になったと考えられてもいて、地名で探ると、チグリス川のチグリスに辿りついた。
鳥も、虎も、素早いことで変わりはない。異なるところは、鳥は空を飛び、虎は地を駆けるところである。
 ちなみに、「タイラ」、つまり平氏は、桓武天皇から下賜された姓だというが、カンムは、古代ヘブライ語では、「カン」は「光」を意味し、「カンプ」だと、「闘争」を意味するという。桓武天皇は、「あめくにおしひらきあめのしたしらす」とも呼ばれたそうで、古代ヘブライ語で解釈すれば、神武天皇(モーセともいわれている)のように、意味が通るかもしれない。
 また桓武天皇は、「カシワハラ」とも呼ばれていたそうで、古代ヘブライ語では、「カシ」は、「貸し」や「足枷」、「不自由」、「束縛」や「呪い」を意味し、「ハラ」は、「払う」、「適う」、「達する」などを意味し、桓武天皇の業績をみると、平城京から長岡京に遷都した挙句、更に平安京に遷都するなど、旧体制の足枷などの束縛を打破し、新体制を築いた人生などが思い浮かび、なんとも意味深い呼称であることがわかる。

古代ヘブライ語で考えると、十戒の石版は、「トーラー(十)の救いの教え」となり、「虎の巻」で、「トリの教え」となる。「トリ」は、英語の「ツリー」の語源で、古代ヘブライでは、「木」を、「トリ」と呼んだそうである。

トリとは、日本語の「とる」、神秘学でいう叡智のことで、神様、つまり良心を拝することになる。
、律法(トーラー)、預言者(ネイビーム)、諸書(ケトゥビーム)です。 律法(トーラー )は、いわゆるモーセの五書のことです。http://meigata-bokushinoshosai.info/index.php?%E3%82%A4%E3%82%A7%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5%28%E5%BA%8F%29

語源は「分配する」を意味する動詞のnemeinで、ノモス本来の原義は「定められた分け前」である。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%A2%E3%82%B9

諸国民の定められた時https://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1200000316
エルサレムは,イスラエルの国の首都でした。そこを治めたダビデの家系の王たちは,「エホバの王座に座し(て)」いると言われました。(代一 29:23)エルサレムはそのような所だったので,神によって設立された政府,つまりダビデの家を通して機能する神の予型的な王国の所在地を表わしていました。エルサレムは,シオンの山と合わせて,「偉大な王の町」でした。(詩 48:1,2)したがって,エルサレムはダビデ王の王朝の王国を表わすようになりました。それは,ワシントンやロンドン,パリやモスクワが,今日の諸国家の政権を表わし,ニュース報道の中でもそのような意味で言及されるのと同じです。エルサレムがバビロニア人によって踏みにじられ,王が流刑に処され,その地が荒廃した後,ダビデ王朝の者が地上のエルサレムから支配を行なうことは二度とありませんでした。しかし聖書は,ダビデの家系に生まれたメシアなるイエスが,天のシオンの山,天のエルサレムから支配を行なうことを示しています。―詩 2:6,7; ヘブ 5:5; 啓 14:1,3。

象徴的な「木」の幻と,その中の「七つの時」に関する記述が,バビロンの一支配者の経験した7年の狂気と,その後の回復や権力への復帰以外のことには適用されないと考えるのは理屈に合わないと思われます。イエスご自身が預言の中で「諸国民の定められた時」に言及しておられることを考えれば,なおのことそうです。この幻が与えられた時は,宇宙の主権者であられる神が,ご自分の契約の民の間にご自分で設立されたまさにその王国の転覆をお許しになった,歴史上重大な時でした。その幻を啓示された人は,その転覆の際に神の器としての役割を演じ,そのため神の許しにより,すなわちエホバ神を代表する何らかの王国の干渉を受けずに,世界支配を受け取ったまさにその支配者でした。そして幻の全体の主題は,「至高者が人間の王国の支配者であり,ご自分の望む者にそれを与え,人のうち最も立場の低い者をさえその上に立てるということを,生ける者が知る」というものでした。(ダニ 4:17)このすべては,その長い幻と解き明かしが,「諸国民の定められた時」の継続期間とキリストによる神の王国の設立の時とを明らかにしているからこそダニエル書に含められたと考えるべき強力な理由となります。
象徴的な木と神の主権 この預言的な幻の中で使われている象徴的な表現は,決して異例なものではありません。木はほかの箇所でも政権を表わすために使われています。それには,エルサレムにあった神の予型的な王国の政権も含まれます。(裁 9:6‐15; エゼ 17:1‐24; 31:2‐18と比較。)切り株から新芽が出ること,さらには「小枝」や「新芽」といった象徴表現は,特定の血統や家系における支配権の復興を表わすものとして,とりわけメシアに関する預言の中で幾度も出て来ます。(イザ 10:33?11:10; 53:2‐7; エレ 23:5; エゼ 17:22‐24; ゼカ 6:12,13。ヨブ 14:7‐9と比較。)イエスはご自分のことを,「ダビデの根また子孫」の両方であると言われました。―啓 5:5; 22:16。
「人間の王国」におけるエホバ神の絶対的な主権の行使がこの幻の要点であるというのは明らかな事実です。そしてこの点は,幻の意味を十分につかむための指針となります。木は,歴史のその時点において,主要な世界強国バビロンの支配者だったネブカドネザルに当てはまることが明らかにされています。しかし,ネブカドネザルのエルサレム征服以前に,同市から支配を行なっていた神の予型的な王国は,エホバが地に対する正当な主権を表明するための代理機関でした。ですからそれは,ネブカドネザルが世界支配の目標を達成するのを妨げる神の障害物もしくは妨害物となっていました。エホバは,エルサレムにあったその予型的な王国が覆されるのを許すことにより,ダビデ王朝の王たちによるご自分の主権の目に見える表明が中断させられることを容認されました。神を代表する何らかの王国によって妨げられることのない,「人間の王国」における世界支配の表明と行使は,今や異邦諸国民の手に渡されました。(哀 1:5; 2:2,16,17)これらの事実からすると,「その木」は,ネブカドネザルへの適用をはるかに超えて,神の取り決めによる世界の主権もしくは支配を表わしていることが分かります。
世界支配の復興 しかし神はここで,そのような世界支配を異邦人の勢力にいつまでも引き渡したままにはされないことを明らかにしておられます。その幻が示しているように,神の自己抑制(木の切り株の周りに掛けられた鉄と銅のたがによって表わされている)は,『七つの時がその上を過ぎる』まで続きます。(ダニ 4:16,23,25)それから神は,「至高者が人間の王国の支配者であ(る)」ことを根拠に,「ご自分の望む者」に世界支配をお与えになります。(ダニ 4:17)ダニエルの預言書それ自体は,その者が「人の子」であること,その者に「支配権と尊厳と王国とが与えられ……もろもろの民,国たみ,もろもろの言語の者が皆これに仕える」ことを示しています。(ダニ 7:13,14)「諸国民の定められた時」に言及したイエスご自身の預言は,神に選ばれた王,つまりダビデ王朝の継承者として,キリスト・イエスがそのような世界支配を行なうことをはっきり指摘しています。(マタ 24:30,31; 25:31‐34; ルカ 21:27‐31,36)したがって,神が「人間の王国」の中で世界支配を行なう主権者としての権利を保持しておられたことを表わす象徴的な切り株は,み子の王国において再び新芽を出すことになっていました。―詩 89:27,35‐37。
象徴的な七つの時 幻の成就としてのネブカドネザルの個人的な経験において,「七つの時」は7年だったようです。その間彼は気が狂い,狼狂のような症状を示し,王座を捨てて野の獣のように草を食べました。(ダニ 4:31‐36)注目すべきことに,異邦人の勢力が世界支配を行なうことに関する聖書の説明は,神の聖なる民と「君の君たる者」に反対する獣という比喩で提示されています。(ダニ 7:2‐8,12,17‐26; 8:3‐12,20‐25; 啓 11:7; 13:1‐11; 17:7‐14と比較。)ダニエルの預言の中で使われている「時」(アラム語のイッダーンに由来)という語について,辞書編集者たちは,ここでの意味は「年」であることを示しています。(「旧約聖書辞典」,L・ケーラー,W・バウムガルトナー共編,ライデン,1958年,1106ページ; 「旧約聖書ヘブライ語‐英語辞典」,ブラウン,ドライバー,ブリッグズ共編,1980年,1105ページ; 「旧約聖書アラム語辞典」,E・フォークト編,ローマ,1971年,124ページを参照。)啓示 12章6,14節で,三時半は「千二百六十日」に等しいことが明らかにされていることからすると,そのようにして使われている1年の長さは360日であると思われます。(また,啓 11:2,3と比較。)この数え方によれば,「七つの時」は2,520日になります。聖書の記録の中で,特定の日数がそれと同じ年数を預言的に表わすために用いられる場合があるという点は,民数記 14章34節やエゼキエル 4章6節の記述を読めば分かります。そこで言い表わされている,「一年に対して一日」という公式をこの預言の「七つの時」に当てはめるだけでも,ダニエル書 4章の幻には,今は亡きネブカドネザルの時代を超えた重大な成就があるということになります。そしてそのことは,これまでに挙げた証拠からも当然予想できる点です。したがって,その期間は2,520年に相当します。

「何事にも定められた時がある。天の下のすべての事には時がある」

老人( カノープス)や狼(シリウス)http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kazu/chinaseiza/chinaseiza.html
中国の星座は社会身分制度をそのまま反映させるという目的の上で作られたため、星と星をつないだ形と星座名称とがなかなか一致しません。しかも老人(カノープス)や狼(シリウス)などのように1つの星からなる星座もたくさんあります。こういった特徴は、西洋星座が星と星をつないだイメージをもとに作られているのと対照的と言えましょう。

ショウジョウに牛のイメージがまぎれこんだのには、海内南経の記述が関係していると思う。
ショウジョウは人の名を知る。この獣は豕(いのこ)のようで人面、帝俊を葬った地の西に いる。(海内南経)--562. 獣がいる。人面で、名は猩猩(しょうじょう)という。 http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/simio/p04.htm
古代エジプトで神々の書記であるトートがマントヒヒの姿で描かれたことは見逃せない。禹王の悩みを解決するほどの知恵者には適役ではないか。
ヒヒ
霏霏(ヒヒ):①雪・雨などがしきりに降るさま。「・・・として降る雪」 ②物事が続いて絶え ないさま。) ・大字源 比比:①しきりに。頻頻。②すべて。みな。処処。 ・その他の(ネット 上の)国語辞典など・・・ (デジタル大辞泉) 物事が並びつらなるさま。http://blog.goo.ne.jp/syuusyuu9701/e/08d78663af59b8568d9b846c441c101b
 

・・

 投稿者:山田  投稿日:2017年11月23日(木)17時56分11秒
返信・引用 編集済
  >「此地(ここ)は韓國(からくに)向かい、笠紗(かささ)の御前(みさき)に眞來通(まきどお)りて、朝日の直(ただ)刺す國、夕日の日照る國なり。 故、此地(ここ)は甚(いと)吉(よ)き地」

此地(ここ)→ 此処
吉(よ)き地(ところ)→吉き処、よき所

・・処、處、所  失われた土地の混迷ですな。


たとえば、「桃花源記」

晉太原中,武陵人,捕魚為業,縁溪行,忘路之遠近。忽逢桃花林,夾岸數百歩,中無雜樹,芳草鮮美,落英繽紛,漁人甚異之、復前行,欲窮其林。林盡水源,便得一山。山有小口,彷彿若有光,便舍船,從口入。

初極狹,纔通人;復行數十歩,豁然開朗。土地平曠,屋舍儼然。有良田美池桑竹之屬,阡陌交通,雞犬相聞。其中往來種作,男女衣著,悉如外人。黄發垂髫,并怡然自樂。見漁人,乃大驚,問所從來,具答之,便要還家,設洒殺雞作食,村中聞有此人,咸來問訊。自云先世避秦時亂,率妻子邑人,來此絶境,不復出焉。遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。此人一一為具言所聞,皆嘆惋。余人各復延至其家,皆出洒食。停數日辭去,此中人語云:「不足為外人道也。」

既出,得其船,便扶向路,處處志之。及郡下,詣太守、説如此。太守即遣人隨其往,尋向所志,遂迷不復得路。南陽劉子驥,高尚士也,聞之,欣然規往,未果,尋病終。后遂無問津者。

「問所從來」
「此人一一為具言所聞」
「尋向所志」

・・ここに見える「所」は三つ。

「便扶向路,處處志之。」

・・おもしろいのは、この「處處」。帰路、桃源への目印を刻むわけだが、

・・

処処  ちらほら[チラホラ] 物がところどころに少しずつあるさま
    星星点点 ?西在?里那里都有一点的情形
    scattered
    the condition of being scattered about in a random way

處處

出典:『Wiktionary』 (2011/09/02 04:21 UTC 版)

   副詞
  繁体字 處處  簡体字 ?? ピンインchùchù 注音符号??????
  いたるところに
  参考
  春眠不覚暁 處處聞啼鳥(孟浩然『春暁』)


・・処処と處處は別物か?



 

歹(死体)+?(そばにいる)」・・・改葬

 投稿者:荊の紀氏  投稿日:2017年11月11日(土)15時01分19秒
返信・引用
  「賓ヒン」 <そばにいる>
解字 篆文・旧字は、「宀(いえ)+?の略体(あるく)+貝(財貨)」の会意。礼物(財貨)を持って歩いて家にきた大事なお客さんをいう。家の中にいて主人のそばで歓待される客人のこと。また、主人がいつも客人につくので、したがう意もある。新字体は、?⇒歩の略体に変化。
意味 (1)まろうど(賓)。大切な客。「賓客ヒンキャク」「主賓シュヒン」「来賓ライヒン」 (2)したがう。主たるものにしたがう。「賓服ヒンプク」(服従すること)
イメージ  「客人」 (賓)
       客人はいつも主人が 「そばにいる」 (嬪・殯・鬢・浜)
       「ビンの音」 (檳)

殯 ヒン・かりもがり・もがり  歹部
解字 「歹(死体)+?(そばにいる)」 の会意形声。死体を埋葬する前に、親族などが棺のそばにしばらくいること。
意味 かりもがり(殯)。もがり(殯)。死体を埋葬する前、棺にいれてしばらく安置すること。「殯宮ヒンキュウ」(天皇や皇族の棺を葬送の時まで安置する御殿。かりもがりのみや。あらきのみや)

死体を埋葬する前、棺にいれてしばらく安置する・・・

洗骨(せんこつ)は、一度土葬あるいは風葬などを行った後に、死者の骨を海水や酒など で洗い、再度埋葬する葬制であるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%97%E9%AA%A8
東南アジアや、日本では沖縄県や鹿児島県奄美群島に、かかる風習が存在するとされる。沖縄諸島では「シンクチ(洗骨)」といい、奄美群島では「カイソウ(改葬)」と称する。かつての沖縄などでは、よく見られる葬制であった。琉球王国の王室は、戦前まで洗骨を経て納骨されていたことが、記録に残っている。

洗骨の文化はアジアのみならず、全世界にみられる。北米先住民にもみられるし、アフリカにもインド洋諸島、東南アジア、オセアニアにも広く分布している。渡邊欣雄によると、その根拠は死者を一時埋葬しただけでは、死霊のままで、これは子孫に役に立たないどころか病や死をもたらす危険な存在であるが、洗骨をして第2の葬儀をすることにより、子孫に幸福と豊穣をもたらす祖霊となると考えるからである。[

改葬(かいそう)とは、墳墓に埋葬されている遺体・遺骨を別の墳墓に移して供養すること を言う。 転居で墓の管理ができない場合など、墓を自宅の近くの墓地に改葬して管理・ 供養を続けることができる。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E8%91%AC

811年、斎宮が伊勢神宮へ行くに際して九月の一ヵ月間、「北辰を祭り、挙哀改葬等の 事」 を禁じた(『日本後紀』 「弘仁二年九月一日」)。
從と自http://8906.teacup.com/toraijin/bbs/3845
私幣禁断とは、一般には天皇家の祖霊を祀る伊勢神宮を天皇・皇后・皇太子以外が祀ることを禁じたことを言う。これに似た内容の禁令が以下のように出されている。
796年、日本の天皇は北斗七星を祀ることを禁じた。罰則として 「法師は名を綱所に送り、俗人は違勅の罪に処せ」 と規定した(『類聚国史』 「延暦十五年」)。
799年、斎宮が伊勢神宮へ行くに際して 「京畿の百姓」 に 「北辰[18]に灯火を奉る」 ことを禁じた(『日本後紀』 「延暦十八年九月」)。
811年、斎宮が伊勢神宮へ行くに際して九月の一ヵ月間、「北辰を祭り、挙哀改葬等の事」 を禁じた(『日本後紀』 「弘仁二年九月一日」)。
835年、斎宮が伊勢神宮へ行くに際して九月の一ヵ月間、「京畿」 での 「北辰に火を供えること」 を禁じた(『続日本後紀』 「承和二年八月二日」)。
967年施行の 『延喜式』 は斎宮が伊勢神宮へ行くに際して 「九月一日より三十日まで、京畿内、伊勢、近江、等の国、北辰に奉灯し、哀を挙げ、葬を改むる」 ことを禁じた。

なお、1811年、伊勢神宮の私幣禁断は解かれたが、北極星および北斗七星の祭祀解禁の時期は不明である。
 

・・

 投稿者:山田  投稿日:2017年11月 5日(日)11時55分43秒
返信・引用 編集済
  >「虎落」が「もがり」


・・殯(もがり)ではないか?


・・隷書

>戦国時代頃から日常に通用されていた筆記体が、秦代になって業務効率を上げるために公文書でも用いられるようになったものが、隷書だと考えられている。紀元前3世紀後半の「睡虎地秦簡」などに見られる、篆書を簡略化した過渡的な書風を「秦隷」と呼ぶ。
 

「曲水」

 投稿者:荊の紀氏  投稿日:2017年10月31日(火)12時16分25秒
返信・引用
   水がすーっと流れる 口から気が滑らかに出る 喜ぶ
雖無絲竹管絃之盛,一觴一詠,亦足以暢敘幽情。

觴(さかずき)を流すための「曲水」を作り、人々はその傍らに順序よく並んで坐った。
琴や笛のような音楽はないが、觴がめぐってくる間に詩を詠ずるというこの催しは、心の奥深い思いを述べあうのに十分である。

私的に觴(さかずき)を流すための「曲水」は、黄河の治水の測量作業を思わせます。

昔の中国では〈水〉は川のことを指しました。中でも〈河〉は黄河のこと。中国の興りも、世界各地で見られる洪水伝説に求めることができ、中心的な登場人物である鯀(こん)と禹(う)の親子は、実は亀を信仰する部族と龍を信仰する部族の対立と勢力移譲だという説もあるそうです。http://www.mizu.gr.jp/bunkajuku/houkoku/006_20120621_ryutokame2.html
治水の治という字は、政治の治でもあります。サンズイに旁(つくり)が台になっています。台は「イ」というような発音です。口の上に片仮名のムのような記号が書いてありますけれど、口から気が滑らかに出るというような意味を表わす字のようです。立心偏をつければ気持ちがノビノビとする、喜ぶ、というような意味になり、サンズイがつくと、溜まっている水がすーっと流れる、というような意味を表わします。ですから治水の治というのは、元来、〈疏方式〉に合った言葉です。
親水思想を具体的に表わした例としては、353年(東晋の永和9年)紹興(会稽)にある蘭亭で行なわれた曲水の宴が有名です。王羲之や孫綽などの名門貴族が集まって、水の流れに盃を浮かべ、盃が自分の所にくるまでに詩を詠む、という遊びです。老荘思想に拠りながら、自らの感懐を水の流れに同調させ、美的世界に凝縮させています。

觴(さかずき)
觴・・・角度?  矢(や)+人の変形+昜ヨウ(あがる)・・・堕羽人(堕天使)?
傷 ショウ・きず・いたむ・いためる  イ部
解字 篆文第一字(六書通)は、「矢(や)+人の変形+昜ヨウ(あがる)」 の会意。昜ヨウは、あがる太陽をかたどった形で、あがる意がある。これに矢と人の変形がつき、下からあがってきた矢にあたり、人がキズつくこと。第二字は、矢の代わりに人が付いた字で、人がきずつく意となる。現代字は篆文第二字を継承し、「イ(人)+?(ひと)+昜(あがる)」の形で、人が二つになっている。
意味 (1)きず(傷)。けが、「傷病ショウビョウ」「重傷ジュウショウ」 (2)きずつく。きずつける。「傷害ショウガイ」 (3)いたむ(傷む)。いためる(傷める)。かなしむ。「傷心ショウシン」「感傷カンショウ」(感じて心をいためる)
イメージ  「きずつく」 (傷・殤)
       「同音代替」 (觴)
觴 ショウ・さかずき  角部
解字 「角(つの)+傷の右辺(ショウ)」の形声。ショウは奨ショウ(すすめる)に通じ、酒の入った角製の盃をすすめること。
意味 (1)さかずき(觴)。さかずきはもと獣角で作った。觴は獣角のさかずきの意で、酒杯の総称。「濫觴ランショウ」(濫はあふれる意、觴はさかずき。大河の源も觴(さかずき)からあふれた程のわずかな水からはじまる。物事の初めをいう)「羽觴ウショウ」(両方の耳(もちて)を羽の形にしたさかずき) (2)酒をすすめる。さかずきをさす。「觴詠ショウエイ」(酒を飲み詩歌を吟ずる)「觴酌ショウシャク」(酒をくみかわす)

(物事の初めをいう)「羽觴ウショウ」(両方の耳(もちて)を羽の形にしたさかずき)
羽觴の用語解説 - もと、雀(すずめ)の形に作って頭部や翼などをつけ た杯のこと。転じて、杯。酒杯。
羽觴うしよう。 「 -人を催うながして九曲流る /万葉集 巻一七漢詩」
九曲
長江の最上流部は青海省南西のトト(沱沱)河で,タングラ(唐古拉)山脈の高峰 グラダンドン(各拉丹冬)南西のジャングディジュ( ... 湖南省岳陽の城陵磯(じょうりょうき) までの区間(古称を荊(けい)江という)は「九曲回腸」と形容され、直線距離は80 キロメートルで ...
長江とはhttps://kotobank.jp/word/%E9%95%B7%E6%B1%9F-97784

黄河九曲と長. 江の最上流地域であった。黄河九曲と 長江の. 最上流地域はチベット高原の東部であり、か. つて蔵族によってアムド地方とよ ばれたとこ. ろである。u.ac.jp/elib/serials/hgca/004/4-00850088.pdf#search=%27%E4%B9%9D%E6%9B%B2++%E9%95%B7%E6%B1%9F%27
なぜ漢人の道と呼ぶかといえば、漢民族は 城、駅、道、烽火台、街、壁、耕地、仏教遺跡を残した。

写真大禹渡枚. 九曲黄河真担心有一天会干涸. 大?的年?不知几多?https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g1577030-d1831980-i278480809-Dayu_Ferry-Ruicheng_County_Shanxi.html

西王母迎觴禹王常羊山形 天神怪http://open-lit.com/listbook.php?cid=4&gbid=248&bid=12451&start=0

禹は手に測量器を持ち山々を越えて河の測量を行いました。http://prometheusblog.net/2017/04/24/post-4024/

私的に【矢】が堕ちたところが【至る】 土地を測量する、(吐瀉する、粘土、平地、土地神、墳墓、田畑、木の根)
陏・・・祭祀の場
土・・・土地を測量する
「有ユウ」 <肉を神にすすめる>http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/e248c8d1c5418ae00ad5ad71a43d1848
解字 「右手+月(にく)」の会意。祭肉を手にもって神にすすめること。手に持つ・手の中にある意となる。本来は、神にすすめる意であるが、この意味は有の音符に残っている。
意味 (1)ある(有る)。存在する。「万有バンユウ」「有無ウム」 (2)持っている。「所有ショユウ」 (3)また。そのうえにさらに。「十有五年」(15年)
イメージ  手に肉が「ある・もつ」(有)
      「肉をすすめる」(侑・宥・鮪)
      手にもった肉を「すすめる」(賄)
      「同音代替」(郁)

土・・・意味つち、土壌、大地、領土、国土、故郷、地方の、土地を測量する、吐瀉する、粘土、平地、土地神、墳墓、田畑、木の根、などの意味がある。http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%9C%9F

曲線が雲、半円が太陽、彡が日光
瓦硯  「艾は氷臺で ある」・・・「昜」http://8906.teacup.com/toraijin/bbs
易 エキ <雲間の太陽から光(彡)が差す>
易 エキ・イ・かえる・かわる・やさしい・やすい  日部
解字 甲骨文は雲間の太陽から光(彡)が差す形。曲線が雲、半円が太陽、彡が日光で、穏やかな天候、および、曇りの意の天候用語[甲骨文字小事典]。金文第一字もほぼ同じ形。第二字は雲のかたちが∫状に湾曲し太陽に点が描かれた。篆文から日(太陽)が上に独立した易の形となり現代にいたる。易は太陽(日)が雲(曲線)から半分出た形なので、「雲+太陽の光(彡)」が変化した勿は、日とくっついている。意味は雲間からでる太陽の光が変化すること。かわる・かえる意となる。また、雲の状況から天気をうらなうことから、うらないの意となった。やさしい意は、仮借カシャ(当て字)の用法。
意味 (1)かえる(易える)。かわる(易わる)。あらためる。とりかえる。「改易カイエキ」(官職をやめさせて他の人に替える)「貿易ボウエキ」(外国と品物をとりかえて通貨で決済する取引) (2)占い。筮竹ゼイチクなどによる占い。「易者エキシャ」「易占エキセン」(筮竹ゼイチクなどを使う易の占い) (3)やさしい(易しい)。やすい(易い)。「安易アンイ」「容易ヨウイ」
音符「易エキ」の常用漢字
イメージ  「かわる」 (易)  「同体異字」 (賜)
音の変化  エキ:易  シ:賜
同体異字
賜 シ・たまう・たまわる・たまもの  貝部
字 金文第一字は、酒器から杯に酒を注ぐ形で、それぞれの下に手が描かれている。目上の者が酒をたまう意。第二字は、酒器だけを描いたもので、たまう意。酒器の取っ手周辺と中身の酒をしめす彡が第三字で、「酒器の変化した形」になり、これに貝(財貨)がついて、目上から財貨をたまう意となった。篆文は金文第三字の酒器が変化した形⇒易となり、「貝(財貨)+易(たまう)」の賜シとなった。賜とは、目上より下の者に財貨等を与えること。目下の者は、あたえられる(たまわる)意となる。この字の易は、酒器の部分象形であり、交易の易とは異なる字である。
意味 (1)たまう(賜う)。目上の人が目下の者へ物を与える。「下賜カシ」(高貴の人が下の者に物を与えること)「賜杯シハイ」(臣下に杯をあたえること。天皇・皇族から競技の勝者に贈られる優勝杯) (2)たまわる(賜る)。目上の人から物をいただく。「恩賜オンシ」(恩も賜も、たまわる意。天皇や主君から物をたまわること) (3)たまもの(賜)。いただきもの。「賜物たまもの=賜」(たまわった物。他者から受けた恩恵の結果)

貝部 爿
甲骨文に、貝に従うものと鼎に従うものどちらもある。貝であれば財を打ち壊す意味、鼎 であれば盟約を破る意味であろう。隷書で鼎が略されて貝となる字は多い(則、貞、賊、 員など)が、敗は略して貝になった字と、もともと貝の字が両方あって意味が似ていた ...
敗 - 負けた数を数えるときの助数詞http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%95%97
「?(やぶ)るなり」
字形貝(鼎)+攴の会意。甲骨文に、貝に従うものと鼎に従うものどちらもある。貝であれば財を打ち壊す意味、鼎であれば盟約を破る意味であろう。隷書で鼎が略されて貝となる字は多い(則、貞、賊、員など)が、敗は略して貝になった字と、もともと貝の字が両方あって意味が似ていたという珍しいケースである。
?(やぶ)る
 

Re: ・・

 投稿者:荊の紀氏  投稿日:2017年10月26日(木)00時02分12秒
返信・引用
  > No.3649[元記事へ]

山田さんへのお返事です。

まぐさ・・・間者 艸(草木)+巴
江戸時代の【草】と呼ばれた人達や【忍者】の仕事が、まさにスパイ活動です。
【忍者】は解かると思いますが、【草】は意外と知られていません。
【草】とはスパイ活動をする為に、敵地に住込み、敵地の住民と同化して、2代、3代に渡ってスパイ活動をする者達です。
地域の住民に溶け込み、地域のお世話をしながら、静かに静かに、情報収集や思想洗脳をします。
1代限りでは無く、2代、3代にも及ぶので、住民達は、よもやスパイとは思ってもいないでしょうね。
【忍者】は本格的スパイであり、職業スパイです。
スパイによる情報収集、草と忍者の役割http://sunshine7.blog9.fc2.com/blog-entry-802.html

芭蕉が間者を引き受けた為、 幕府が資金を出しのだと考えられますが、https://ameblo.jp/take9160/entry-10503814067.html
芭蕉

「焦ショウ」 <隹を火でこがして焼く>http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/1b38104b351edd9384b69b6441419679
解字 「隹(とり)+灬(火)」の会意。隹を火の上でこがして焼くことを示す。こげる・焼く意となる。また、心があせる・こがれる意ともなる。
意味 (1)こげる(焦げる)。こがす(焦がす)。焼ける。「焦土ショウド」「焦点ショウテン」(レンズで太陽光が集まり焦げる点) (2)あせる(焦る)。いらいらする。じれる(焦れる)。じらす(焦らす)。「焦燥感ショウソウカン」 (3)こがれる(焦がれる)。恋したう。 (4)やつれる。
イメージ  「こげる・もえる」(焦・樵・憔)
       「こげた色」(礁・蕉)
焦(こげる)
こげた色
礁 ショウ  石部
解字 「石(いわ)+焦(こげた色)」 の会意形声。こげたような黒い色をした岩。
こげ茶色
染めたものを鉄分の多い水や泥で更に染めた「こげ茶色」、黒 はチャコールグレーに近い黒色、こん花色は植物染料で染めた、藍染の濃紺色と分析し ます.
忍者衣装の色は? - 伊賀忍者衣装https://www.ninja-isyo.com/index.php?dispatch=pages.view&page_id=10


「巴ハ」 <大蛇が地をはう>http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/c4e437cea2d616616769da08a3917fb0
巴 ハ・ともえ  己部
解字 古文(春秋戦国時代の文字)は蛇が地面をはっている形の象形。象を食うという伝説がある大蛇とされる。へび・うずまきの意を表す。篆文から形が変わった。日本では古文と似た図形が巴紋(ともえもん)として文様になっている。
意味 (1)大蛇。「巴蛇ハダ」(はっている大蛇) (2)うずまき。 (3)[国]ともえ(巴)。勾玉のような文様。「巴紋ともえもん」「巴投げ」(柔道の技のひとつ。二つ巴のようになって相手を投げる) (4)外国地名の表記。「巴里パリ」「巴奈馬パナマ」
イメージ 「大蛇・幅広く長い」 (巴・芭)
      はう時に地面に腹を「ぴたりとつける」 (把・爬・杷・耙)
大蛇・幅広く長い
芭 バ・ハ  艸部
解字 「艸(草木)+巴(幅広く長い)」 の会意形声。幅広い長い葉を持つ芭蕉。
意味 バショウ科の多年草「芭蕉バショウ」に用いられる字。中国原産で長さ1.5㍍くらいのバナナに似た幅広い大きな葉をつける。「蕉ショウ(艸+焦)」は、焦げた色の草、の意味で伸びた葉の根元が落ちず幹に残り、こげ茶色になっていることから。「芭蕉布バショウフ」(芭蕉の繊維で織った布。沖縄および奄美大島の名産)「松尾芭蕉まつおばしょう」(江戸前期の俳人。江戸深川の自宅に芭蕉が茂り、ここを芭蕉庵と称したことから俳号とした)

巴紋は藤原姓宇都宮 氏の代表紋であり、その一族(八田、茂木、塩谷、中条、宍戸など)は巴紋を用いてい ます。

三重県は伊勢神宮が鎮座する伊勢国と忍者で知られる伊賀国に分かれる 。

神紋は、京都・八坂神社と同じ紋。
陽夫多神社 http://www.genbu.net/data/iga/yabuta_title.htm
200m南の古墳跡に御旅所

京都地蔵院の住職も八坂神社も以前は神社と呼ばず、祇園さん、だった、と!起源は 新羅の牛頭山の祇園精舎を守る牛頭天王を高句麗人(狛人)も八坂郷で祀った!狛犬 のある ... おっ、真田家が和歌山の伊都郡葛城町で祀る丹生都比売(にふつひめ)神社 !
https://mobile.twitter.com/JunjiHattori/status/739429329893892096

太田市|八坂神社の芭蕉句碑http://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunmazai/yasaka_basyokuhi.html
、「はせを翁 しはらくは花の色なる月夜かな」

「八坂神社の芭蕉句碑」(山口元秀さん) | 相模原市http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/camera/report/26202/026504.html
「秋布(ふ)可(か)起(き)隣ハ何乎(を)寸(す)流(る)人そ(ぞ)」(

八坂神社と柳茶屋の芭蕉句碑https://www.youtube.com/watch?v=4pqnTfoYlMw
「傘に 押し分け見たる 柳かな」

八坂神社
埼玉県サイタマケン比企郡小川町ヒキグン オガワマチ下里シモザト2348https://yaokami.jp/1111696/

春もやや けしきととのふ 月と梅http://www.geocities.jp/fukadasoft/rivers/basyou/index6.html

中山道の芭蕉句碑http://home.b05.itscom.net/kaidou/nakasendo/7basyokuhi/basyoukuhi1.html

旅の未知草;芭蕉と曾良の句碑めぐり - 蝶と里山の浪漫紀行http://tyokyojin.sakura.ne.jp/tabimichikusa.htm
「野を横に 馬牽むけよ ほとゝぎす」/八坂神社
642/499「野を横に 馬牽むけよ ほとゝぎす」/八坂神社

427/---「名月や 鶴脛高き 遠干潟」(存疑)/鹿島神宮
428/307「此松の 実生せし代や 神の秋」/鹿島神宮
429/117「枯枝に 鴉のとまりけり 穐の暮」/鹿島神宮

八幡神社は藤原氏の神社である。 https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/201308080000/
幡宮(はちまんぐう)は、八幡神を祭神とする神社。全国に約4万4千社あり、大分県宇佐市の宇佐神宮を総本社とする。
 和銅元年(708)に鷹居社を造立し八幡神として祀ったのが八幡信仰の始まりといわれている。そして霊亀2年(716)には小山田社に遷座、さらに神亀2年(725)には、小倉山の丘陵(現在の亀山)にさらに遷座した。
 八幡神社の祭神は応神天皇、比売神(宗像三女神)、神功皇后のほか、玉依姫命や応神天皇の父である仲哀天皇、武内宿禰とともに祀っている神社もある。

2 私見
 八幡神社の始まりが当時最大権力を持っていた藤原不比等の時代であることと、新羅を攻撃して勝った神功皇后を立派だとして祭神としていることと、応神天皇(私見では在位354年~394年)の時代に百済は倭国に始めて朝貢しているので応神天皇は特別な天皇であったことから、八幡神社は倭国を乗っ取った百済出身の藤原氏によって創建され広められたものと思われる。
 現在では全国の神社(8万5千社ほど)の半数以上を占める。八幡神社でない神社(文部科学省の資料によると4万社くらい)よりも多い。八幡神社は日本各地の神社などに残るヤマト王権(紀元前60年~734年)の歴史・伝承を作り替え、あるいは消すために造られた神社と思われる。日本の本当の古代史や八幡神社の機能を知った徳川光圀は八幡つぶしをしている。徳川光圀の編纂した歴史書を読んだ京都の藤原氏は元禄時代に西日本のあちこちで徳川光圀に指摘されたところの辻褄合わせをしている。伯耆国の大原神社もその一つである。元禄時代までは波波伎神社と称していたと由緒に残っている。八岐大蛇の伝承も残っていたものと思われる。卑弥呼の伝承も神功皇后の伝承に置換えていった。それを完成させるためには、多くの八幡神社が必要であった。
 伯耆国には八幡と名のつく神社は少ない(鳥取県神社誌による)。鳥取県中部に限っては、藤原氏にとって本当に消さなければならない場所の近くに八幡神社を建立している。
 ニニギ命の居た大宮神社の近くに高尾八幡宮。天忍穂耳のいた三輪山と大国主のいた茶臼山との間に北条八幡神社。素戔嗚と須勢理姫(宇迦之御魂命)のいた倉吉の清熊稲荷神社の近くに八幡神社。あと一社が旧東郷町の小鹿谷桂男山八幡宮(秀尾神社だが祭神は八幡神)である。

「八咫烏(ヤタガラス)と三足烏と三王朝」 に関するご 案内です. ... ます雷命神社・対馬下県巌原阿連にも中臣の文字があり藤原の祖である とも云われてます対馬・壱岐の卜部が藤原鎌足の出自だと云われてます.

『八咫烏(やたがらす)を知ってい ますか?;古代ユダヤから続く日本最古の秘密結社』

藤原氏も 結局「八咫烏の系譜」と同化したhttp://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=273594





> 草の戸も住替る代ぞひなの家
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> >「隹(とり)+芻(若草)」
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> 芻(シュ・ス)」の形声。シュ・スは須シュ・ス(求める・必須)に通じ、走らなければならないこと。貴人や目上の人が来たとき、小走りに移動して進行を妨げないことをいう。また、趣シュ・ス(おもむく)に通じ、目的に向かってゆく意
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> >芻
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> ①くさかり。草を刈る。また、草を刈る人。「芻蕘(スウジョウ)」 ②まぐさ。ほし草。わら。牛馬の飼料。「芻米」「反芻」
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> ・・若草 → ほし草 ?
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> 若菜
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> 出て見る野守もつむやとぶ火野の雪まの若なけふもすくなき
>                近衛信尋
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> ・・菜摘みの春秋を反芻というか?
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> ・・
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> 遣るあてもなき雛買ひぬ二日月
 

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